起業家支援サービスの充実よりも大切なものは何か
ともに本気で戦う伴走者やピアの存在がカギ
※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 05 コミュニティの声を聞く。』のシリーズ「コミュニティの創造と再生をめぐる『問い』」より転載したものです。
笹原優子|Yuko Sasahara
ユニコーン企業が少ない日本
革新的な技術やサービスを生み出し、社会にイノベーションをもたらす新興企業「スタートアップ」の重要性は、世界中で広く認知されている。こうした企業はGAFAM(グーグル、アマゾン、アップル、フェイスブック[現メタ]、マイクロソフト)のようなグローバル経済の牽引役に成長する可能性を秘めており、雇用創出の原動力となる。同時にエネルギーや食糧、医療、ケアなど、多分野の社会課題にソリューションを提供する主体にもなりうる。
スタートアップの中でも成長が著しいのが「ユニコーン企業」だ。評価額10億ドル以上かつ創業10年以内の非上場企業を指し、機動力と革新性を象徴している。ユニコーン企業はAIやフィンテック業界などで爆発的に増えており、世界中で1200 社を超える。アメリカと中国の企業が大部分を占め、インドなど新興国も目立つ。一方で日本のユニコーン企業はわずか6社である。
安全志向が強いと言われる日本では、他国と比べて起業自体がまだまだ活発ではない。私は2021年から2年間、NTTドコモからNTTドコモ・ベンチャーズに出向し、CEOとしてスタートアップ支援に取り組んだ。この会社はNTTグループへのシナジー効果が期待できる社外ベンチャーに対して投資・経営支援を行うコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)だ。大企業がCVCを通じてベンチャー企業を支援するのは、ベンチャーの持つ斬新なアイデアやスピード感が、イノベーションを促進する有力な手段と考えているからだ。特にNTTドコモが拡大を目指すスマートライフ領域では、ベンチャー企業との協業が新事業の種となる可能性は大きい。マーケティング、フィンテックやヘルスケア、最近ではサステナビリティ系など出資先の分野はさまざまで、上場を果たした企業も多い。シリコンバレーにも拠点を置き、グローバルな投資活動にも携わってきた。
NTTドコモ・ベンチャーズで働いた2年間、激しい市場で揉まれる起業家やベンチャーキャピタル(VC)の熱意には、大きな刺激を受けた。一方で日本の起業家支援コミュニティは外から見えづらく、数年業界に関わっただけではわからないことも多い。それ故、どうすれば日本でスタートアップが盛り上がり、既存の企業も一緒に成長していけるのか、悩むことも多かった。
海外には切磋琢磨できるピアがたくさんいる
そもそも、なぜ海外ではユニコーン企業が次々と生まれているのだろう。
もちろん起業家支援のサービスが充実している部分はあるだろう。しかしそれ以上に、もっと大切な要因があると考えている。それがピア(仲間・同業者)との切磋琢磨だ。特にアメリカは、GAFAMのような巨大資本と渡り合う起業家が大勢いる。激しい競争のなかで個の経験値を上げつつ、ピア同士でネットワークを築いて情報交換や学び合いをすることで、事業拡大のノウハウや投資家との人脈を蓄積できる。こうした豊かな環境を求め、世界中から起業家が集まる連鎖が生まれている。
心理的ハードルの低さもある。投資活動で訪れたイスラエルでは、若手のスタートアップ経営者が「社長になってみたかった」というモチベーションで動いていたのが印象的だった。起業そのものがステータスなのだ。当然失敗もつきものだろうが、リスクを背負ってビジネスを始めることに寛容な雰囲気がある。ピアがたくさんいればこそ、「自分も起業してみよう」と背中を押される。そしてピア同士の競争を通じ、ユニコーンのような成功者が現れるのだろう。
ピアの重要性は、私も身をもって経験している。私は投資経験のない組織人として、CVCのCEOを務めることに引け目があった。私自身が、孤独な社長だったのだ。そんなとき、ファンドの資金調達や投資先との関係での悩みについて最も頻繁に相談したのは、同業のCVC社長やVCの人たちだった。また、組織運営で問題を抱えていたときには、起業家と話すことで励まされた。彼らからスケールの大きな話を聞いて「これくらい大丈夫か」と割り切れるようになった。多様な業種とのつながりも、視野を広げてくれる。
起業家から見えにくい支援プログラム
日本の起業家支援は、決して個々のパーツが不足しているわけではない。
事業の立ち上げ期にサポートをするインキュベーターは、VCや中小企業基盤整備機構のほか、地方自治体、近年は大学にも増えている。事業の成長期を対象とするアクセラレーターのプログラムも同様だ。大手企業もシナジー効果を狙い、インキュベーターやアクセラレーターを導入し、CVCを盛んに立ち上げている。マッチングを目的としたピッチコンテストもあちこちにある。
スタートアップ育成は国の成長戦略の柱でもある。経済産業省はユニコーン企業創出や、長期スパンの新規事業を後押ししようと、官民ファンドを通じたスタートアップへの巨大投資を促している。特許出願のサポートも充実してきた。
では何が足りないのか。たしかに起業家を応援するプログラムはあるが、それがスタートアップの人々にきちんと届いているのかは疑問だ。起業家たちは、どんなプログラムがあるのかを自ら探し、受けるべき支援の内容を自分で見極めなければならない。自分たちが把握しているニーズにしかサポートを求められないうえに、そもそも起業家とは孤独でもある。日々事業を回すことに必死で、情報交換ができるピアが周囲にいなければ、必要なプログラムにたどり着くことは困難だろう。
さらに、現状の支援の体制は、フェーズ別に分かれてしまっている。アクセラレーターのプログラムやピッチコンテストにしても、知名度を上げたい成長期の起業家を後押しすることはできても、先々までの支援は難しい。私たちCVCも、出資から数年を過ぎたスタートアップとは、関係性が薄れてしまうことがあった。事業には波があり、組織が大きくなったからこそ抱える課題もたくさんある。つまり、起業家に寄り添い、時期や場面に応じて助言ができるメンターのような存在が必要だ。起業家が自分の立ち位置や課題を理解できれば、役に立つ支援メニューにもアクセスしやすくなる。
個別化している起業家支援コミュニティ
日本において、起業家のメンターに最も近い役割を担っているのは、資金調達のノウハウ、投資家の人脈などを豊富に持っているVCだろう。CVCがベンチャー企業との相乗効果を生み出すことを目的に出資や経営支援を行うのに対し、VCは自ら資金を集め、財務的リターンを目的に、有望なベンチャー企業へ投資する。出資者として経営リスクもともに引き受けているVCは、起業家支援コミュニティの入り口にもなっている。
だが起業家とVCとの密な関係は個別のものであり、外から見えづらい。先にも述べたが、私もCVCにいた2年間では、そうした起業家支援のコミュニティがどこにあり、どう機能しているのか、全体を把握することはできなかった。おそらく起業家も、自分に合った支援コミュニティを見つけることに相当苦労しているはずだ。
起業家とVCとの閉じた関係性は、特定のVCが持つネットワーク、資金、人脈に、起業家が依存してしまうリスクもある。そうすると、起業家はビジネスの幅を広げにくくなるだけでなく、VCや投資家の意見に左右されがちになり、自分の軸を保てなくなるかもしれない。
起業家を支援するコミュニティが相互に交わる機会が乏しいことは、日本のスタートアップを活性化させるうえでの課題だろう。
こうした現状においては、伴走してくれるコミュニティや新しいつながりを生むネットワークを、起業家自身がアンテナを張って開拓する必要がある。起業家の伴走者が可視化され、コミュニティ同士のつながりも増えていけば、起業家が支援のエコシステムをもっとうまく使いこなせるのではないか。スタートアップで成功を収めた経営者の中には、後進を育成しようとVCを設立する人もいる。こうした人々は出資者かつピアとして起業家に寄り添えるし、開かれたネットワークのハブにもなりうる。
起業家とともに戦う覚悟はあるか?
痛感するのは、起業家支援をうたう大企業や官庁の人間こそ、起業家に負けないくらい本気にならないといけないということだ。大海原で戦うスタートアップの人たちは、事業の方向性をはっきり持ち、何より意志が強い。支援をする側も、同じように強い思いを持って「自分たちは何ができるか。なぜそれをするのか」を自らに問い、考えなければならないと思う。
携帯電話サービス「iモード」の立ち上げに携わった20年以上前を思い出す。さまざまな技術を取り入れるため、ベンチャー企業のエンジニアたちと膝を突き合わせて議論を重ねた。彼らは相当個性が強かったが、こちらもぶれないようにつくりたいものを本気で考え、意見を交わしていた。起業家支援においても、支援者は起業家と対等に話ができないといけない。どちらが上の立場だということもなく、お互いがフラットに話し合うことで新しいものが生まれる。そのためには、サポートする側も、起業家の強い意志に流されるだけの存在になってはならない。特に協業で新たなサービスを生み出そうとしている私たちのCVCはそうだ。
起業家を支援する側に、「私たちは起業家とともに戦う仲間になる」という覚悟があるか。支援側も力をつけなければ、起業家とともに本気で挑戦を続ける伴走者やピアにはなれない。そう考えると、起業家を「支援する」という言葉自体が適切ではないのかもしれない。「支援」という言葉を使う限り、最前線でチャレンジを続ける起業家を後ろで支えるというイメージが拭えない。
「支援者」を名乗る人たちがまず「支援する」スタンスから脱して、自らを高め、起業家のピアとしてともに戦う意識を持つことが必要なのだろう。そのことを、私自身、改めて自分にも言い聞かせている。
【構成】田中謙太郎
笹原優子
株式会社NTTドコモ ライフスタイルイノベーション部長
1995年に株式会社NTTドコモに新卒入社。iモードの立ち上げや端末ブランド体系のリニューアルを手掛けた後、2013年にアメリカでMBAを取得。2014年よりNTTドコモ イノベーション統括部担当部長。2021年6月に、NTTグループのコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)である「株式会社NTTドコモ・ベンチャーズ」の代表取締役社長に就任。国内外のベンチャー企業へ投資・経営支援を行う。2023年6月より現職。