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リスキリングにおいて官民連携の核になるものは何か

技術的失業を個人の責任にしない

※本稿は、SSIR Japan 編『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 04 コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装』のシリーズ「社会を変えるコラボレーションをめぐる『問い』」より転載したものです。

後藤宗明 Muneaki Goto

「リスキリング」との出合い

リスキリング(Reskilling)とは、「新しいスキルを身につけて、新たな業務や職業に就くこと」をいう。その目的は、デジタル化が進むなか、失業者が生まれるのを未然に防ぐこと、そしてデジタル化によって生まれる新しい仕事に、労働者が円滑に移行できるよう新たなスキルや知識を習得させることにある。その実施責任は基本的に行政や企業にあり、外部環境の変化に合わせて企業を変革し、新たに必要となる社内業務に社員を配置転換するのがリスキリングの考えだ。

テクノロジーによる自動化がますます進むこれからの時代、失業の危機に追いやられる人たちは増える。大量の技術的失業(技術の進歩によって起こる雇用の喪失)が起こる前に、日本でもリスキリングの正しい知識と実践の輪を広げ、労働力の配置転換をしていかなければいけない。

私が痛切にそう思うようになった背景には、自身の経験がある。2014年、43歳で初めて転職活動を始めた私は、書類選考と面接で100社以上落とされて未来に希望が持てない毎日を送っていた。それまで、新卒で銀行に入り営業でトップになり、退職後は人材系スタートアップでニューヨーク拠点の立ち上げを担当した後、ニューヨークで起業してコンサルティング会社を7年経営、帰国後にはアショカ(アメリカ・ワシントンに本部を持つ世界最大の社会起業家グローバルネットワーク)の日本法人立ち上げなど、さまざまな経験を積んできた。働き方の指針として大切にしていたのは、2001年にニューヨークで出合った「ソーシャル・アントレプレナーシップ(社会起業家精神)」という言葉だ。社会課題を解決するビジネスをつくりたいという一心で、さまざまな挑戦を重ねてきた。しかし転職活動で言われたのは「専門性が低い」「キャリアに一貫性がない」ということだった。

私はこのとき、テクノロジー分野での再就職を希望していた。既にアメリカではテクノロジーを使って社会課題の解決に挑む取り組みが始まっていたのを見て、これからは日本の社会課題においてもテクノロジーの力が重要になると確信していたからだ。しかし、企業からはまったく相手にされない。自分が信念を抱いていても、持っているスキルと求められるスキルにギャップがあるとまったく評価されないことを、身をもって経験した。

その後、ようやく通信ベンチャーに就職し、テクノロジー関連の国際会議にも出るようになった。海外では既にブロックチェーンやAIなど最先端技術を使った取り組みが始まっていたが、日本ではほとんど聞かない。危機感が募り、夢中で技術を学んだ。振り返ってみると、これが私自身のリスキリングの原点ともいえる経験だ。

ちょうどそのとき、「リスキリング」という言葉と出合う。2016年、デジタルテクノロジー関連の国際会議で「技術的失業を解決するにはリスキリングが有効」というアイデアが紹介されていたのだ。その少し前にオックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授らの論文「The Future of Employment」(2013)を読み「今後10年から20年の間にアメリカの総雇用者の約47%の仕事が自動化し、雇用がなくなる可能性が高い」という内容に衝撃を受けていた。これらがすべてつながったことで、自分のやるべきことが見えたような気がした。日本でもリスキリングを広める活動を始め、2021年に一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立した。これは日本で初めての、リスキリングに特化した非営利団体だ。

誰のため、何のための施策なのか

2022年10月、岸田文雄首相は所信表明演説で「個人のリスキリングの支援に5年で1兆円を投じる」と述べた。

技術的失業が起きる最大の原因は、労働者が保有しているスキルとデジタル時代に必要なスキルに差が生まれ、その差が埋まらないことにある。技術的失業を軽減するには、将来的になくなる仕事から成長分野へ労働者の配置転換を速やかに進めていく必要がある。その主な実施責任は個人ではなく企業や行政にある。誤解されがちだが、リスキリングは単なる「学び直し」のことでも、転職のためのスキルアップのことでもない。企業や政府・自治体が責任を持って労働の配置転換を行うことで、労働者の雇用を守ることがその第一義なのだ。

いま日本政府から発表されているリスキリングの施策内容は、リカレント教育(個人の学び直し)とリスキリングが混ざっていて、デジタル分野に関心ある個人の学びにお金を出す、スキルアップした個人が成長産業へ転職するのを後押しするといった方針に見える。今年6月に公開予定のプランを見てみないとはっきりとは言えないが、このままの施策では、日本全体のデジタル化の底上げを実現するには至らないと考えている。

海外におけるリスキリングの成功モデルはすべて、個人向けの施策ではなく、行政や企業が一定レベルの強制力と責任を持って取り組むものだ。

そもそもリスキリングはデジタル化が進むなかで雇用を守るためのものである。個人の学び直しや、転職の手段としてのリスキリングが、本来の目的より優先されるべきではない。

今後真っ先に技術的失業に直面するのは、スキルがあまりなく低収入で働く人たちで、彼ら・彼女らの失業をどう防ぐかということが最も重要な課題だと私は考えている。低いスキルしか持たない人たちが、リスキリングによって成長産業の仕事を得て給料を上げていく成功モデルが海外にはたくさんある。

私がいま危惧しているのは「リスキリング」という言葉が独り歩きして、技術的失業対策という本来の目的から外れていくことだ。意欲のある個人に限定してデジタル化に対応するためのスキルアップを支援する一方で、解雇規制を緩和するといった方向へ進めば、大量の技術的失業者が発生することは目に見えている。それを未然に防ぐためには、行政や企業が連携して取り組まなくてはならない。

雇用や収入に直結するデジタル化への対応は、「社会全体の課題」という認識がいまのリスキリングの議論からは抜け落ちているように感じる。

官民連携の核になるものは何か

いま私が注目しているのが、地方の自治体と中小企業の動きだ。地方は特に少子高齢化と人手不足が深刻なため、デジタル化を進めないと自分たちの未来がないと危機感を持つ首長や会社経営者は多い。私はいま、リスキリングの普及のため、全国の地方自治体へ行脚を続けている。

アメリカやヨーロッパでは、中小企業向けのリスキリングはPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ:官民連携)によって行われている。政府や自治体などの公的機関、企業、そして労働組合が連携のメインだ。政府が企業にリスキリングのための資金を出す。そして企業は、従業員が就労時間内にリスキリングに取り組めるようにし、リスキリングによって従業員の解雇はしないということを労働組合に約束する。

労働組合は従業員に、雇用は守ること、これから社員がやるべき仕事はリスキリングで、このままだとなくなる仕事から新しい仕事に転換することを伝える。この三者でそれぞれ義務と責任を負いながら進めるため、組織のなかのリスキリングが進む。

また、政府(自治体)、企業、NPOのコラボレーションもアメリカでは一般的だ。この場合、NPOはハンズオンのリスキリング支援を行うことが多い。

日本におけるリスキリング展開の好例は、広島県と石川県加賀市の取り組みだ。広島県では、「『リスキリング』とは、企業等の経営戦略や人材戦略のもと、従業員が今後の新たな業務などで必要となるスキルや知識を習得すること」とはっきりと打ち出し、そのもとでリスキリングに積極的に取り組む企業は「リスキリング宣言」を行う。そして宣言を行った企業のリスキリングの取り組みに対して、県が費用の助成をしているのだ。官民連携では、県と商工会議所、地元の公立大学、そして企業の代表例として地銀の連携が挙げられる。地銀が熱心にリスキリングに取り組むのは、銀行の合併によって自分たちの仕事がなくなるかもしれないという危機感と無縁ではない。

石川県加賀市では、2022年9月末に地元の金融機関や商工会議所を巻き込んで「加賀市リスキリング宣言」を行った。これは加賀市から世界に通用する企業を創出するため、市内企業のリスキリング促進に取り組むことを宣言したものだ。消滅可能性都市の1 つとされる加賀市が抱える一番の課題は人口減少であり、このまま人口が減り続けると市の産業構造にも影響が及ぶことを市長は早くから危惧していた。

市長は「加賀市は挑戦可能性都市」として、できることはなんでも挑戦しようとさまざまな試みを開始している。首長のこうした危機感は、リスキリングと非常に相性がよい。2023年には多額の予算がつき、ますます本格的な動きが始まるだろう。

こうした事例で共通しているのは、首長の危機感、責任感とリーダーシップだ。リスキリングに取り組む各ステークホルダーが、県や市、会社を挙げて、労働者の雇用を守るために「どうにかしなければいけない」「変わらなければならない」という切迫した危機感を持っていることも共通している。

いま、他にも全国でさまざまな自治体がリスキリングの取り組みを始めようとしている。自治体ごとの特色はもちろんあるが、広島県や加賀市は1つのモデルとなっていくだろう。

社会の変化には時間が必要

現在私は技術的失業を軽減し労働者の雇用を守るためのリスキリングに取り組もうとしており、地方自治体にはリスキリングの本来の目的とそのための官民の役割を理解している人たちもいる。まずはその人たちと実践を重ねていきたい。そこで成功事例をつくることができれば、ゆくゆくは国の施策にも反映され、大きな流れをつくれるのではないかと考えている。私自身の「一貫性のない」キャリアが教えてくれたことは、新しい言葉や概念が正しく理解されて広まるには時間がかかるということだ。

「ソーシャル・アントレプレナーシップ」という言葉を世に広め、多くの社会起業家を支援してきたアショカという団体の日本進出に私が関わっていた2011年、日本では社会起業家といってもほぼ通じず、その活動を理解し応援してくれる人はごく少数だった。それが10年余りで様変わりである。いまでは社会課題をビジネスで解決することは当たり前の時代だ。リスキリングは言葉が先歩きしたせいで、セクター横断的な取り組みが困難になっている面もあるが、危機感と志をともにする仲間たちと一緒に成果を出し、発信し続けていけば、どこかで潮目が変わるのではないかと思っている。

【構成】SSIR-J

後藤宗明

一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 代表理事
1971年神奈川県生まれ。1995年富士銀行(現みずほ銀行)入行。2000年に退社後、人材系スタートアップのニューヨーク拠点設立のため渡米。現地で9.11の同時多発テロを目の当たりにする。2002年ニューヨークでグローバル人材育成のためのコンサルティング会社を設立。のべ2000人以上の支援を行い、2008年帰国。2011年アショカ日本法人設立に尽力し、その後アメリカのフィンテック企業の日本法人代表などを経て、2021年一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ設立。著書に『自分のスキルをアップデートし続ける リスキリング』(日本能率協会マネジメントセンター)。

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